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第 13 回 久保田早紀: 「天界」

読む人がいるのか,いたとして,このこうるさい内容がどう思われているのか,全く不明なこのレヴューですが,とりあえず,再開した勢いが衰えないうちに(^^; 採り上げる予定だったものについては採り上げよう……ということで,久保田早紀の 2nd アルバムを紹介します。 久保田早紀のアルバムは少なくともあと1枚紹介しようと思っているんですが,どうなることやら。 (May, 2006)
 
 1980年

天界 「天界」 / 久保田早紀

 久保田早紀の2枚目のアルバム。 1st アルバムで示された方向性をそのまま受け継いだような内容で,彼女を「異邦人」のイメージで捉えている人にとっては,そのイメージに最も忠実なアルバムかも知れません。

 
 本作の次の作品にあたる「サウダーデ」のレヴューを参照してもらえれば分かるように,「サウダーデ」は,異国的な音楽性を備えていると言っても,極めて企画色の強い内容です。 加えて,それ以後のアルバムでは,そうした音楽性は影を潜めてしまうわけですから,結局のところ,久保田早紀が彼女のパブリック・イメージである「異邦人」的な音楽性を前面に押し出していた期間はそれほど長くなくて,アルバムで言えば 1st の「夢がたり」と本作「天界」の2枚しかないということになります。 こういった音楽的な方向性そのものが,そうそうあるものではないということを考えると,これら2枚のアルバムの存在は貴重と言えるでしょう。 。

 内容的には,曲・アレンジともに,ほぼ完全に前作「夢がたり」の延長上にあると言っていいでしょう。 萩田光雄の編曲による,ストリングスを軸にしたシンフォニックなオーケストレーションは健在です。 しかし,本作では大仰な展開は控えられ,ソロ楽器をはっきりフィーチャーするなど,若干シンプルな分かりやすさが感じられるようになっています。 ただし,その一方で,アレンジがややパターン化された印象を受けてしまう面もあり,意図して二番煎じを狙ったかどうかは分かりませんが,ちょっと枠にはまってしまったかなという感じがないでもありません。
 歌詞は,「アクエリアン・エイジ」という曲名に象徴されるように,神秘主義的な傾向を強め,こちらはやや大上段に振りかぶったような表現も散見されます。
 また,全体的に漂う濃密な空気感は 1st アルバム譲りですが,時になんとなく抑えつけられたような重たい雰囲気が感じられるのも本作の特徴と言うべきかもしれません。

 冒頭の2曲「シャングリラ」「天界」は,共に「異邦人」と同様のリズムを使った曲です。 どちらも魅力的ですが,個人的には本作のベスト・トラックに挙げてもいいと思う「シャングリラ」の素晴しさに耳を奪われます。 メロディーラインの美しさに加え,アレンジによって与えられた場面転換も曲のドラマを盛り立てているし,粘りのあるギターソロもいい感じです。 「異邦人」の後続シングルは本作後半に収録されている「25時」だったわけですが,「25時」も確かに素晴らしいけど「シャングリラ」も良かったんじゃないの?と言いたくなる完成度の高さです。 美しいけれど気軽に口ずさめるメロディーではなさそうな気もするので,そこら辺が問題だったのかもしれませんが。
 「シャングリラ」を筆頭に,「25時」も含めた「異邦人」路線の曲はどれも魅力的ですが,更に,それ以外の曲の良さが,本作の価値を高めています。
 「葡萄樹の娘」「見せかけだけのやさしさ」あたりは,どこにでもありそうで,その実なかなかないタイプの曲という気がします。 個人的には,特に物語として「葡萄樹の娘」の語り口は気に入っているし,アレンジ面でも,この曲の流れるようなイントロと歌に入ってからのリズムとの対比のドラマや,「みせかけだけの優しさ」のヴァイオリン・ソロなどはポイント高いと思います。 また,「田園協奏曲」は,これまた美しいバラードの佳曲です。 もう1つのバラード「最終ページ」はオーソドックスなニューミュージック的曲想で,「サウダーデ」につながる作品に位置づけられるかも知れませんが,これも決して悪くありません。
 驚かされるのは「真珠諸島」で,この曲だけ,他の収録曲とはかなり異質な,明るい曲調です(言い方として,「明るい」のを「異質」というのもどうかとは思いますが (^^;)。 後のアルバム「AIRMAIL SPECIAL」に収録された一連の曲と明らかに共通したテイストがあり,その意味では,後に発揮される音楽性は既にこの頃からあったというわけです。 (そう思って聴くと,方向性が似通った曲調とは言っても,本作では「AIRMAIL SPECIAL」に比べてかなり音を詰め込んだアレンジになっていて,その辺の違いが面白かったりもします。)

 
 トータルとしては,やや地味なアルバムのような気もしますが,冒頭で書いたとおり,久保田早紀のキャリア全体の中でこういう音楽性を発揮していた期間は短く,更に言えば,明らかに「異邦人」を意識して作られたと感じられるサウンドが多く聴かれる(実は「夢がたり」には「異邦人」のような曲は「異邦人」の他にはない)という意味で,本作は貴重な存在でしょう。 実際,amazon.co.jp のレヴューを見ると「この作品がNo.1」という声もあり,これから聴く人は(そういう人がいれば,ですが)そういう意見があることは参考にしても良いかもしれません。 僕自身はそこまでの思い入れはありませんが,少なくとも,レア盤になっている後期の諸作に手を出す前に,まずはこの辺の(手に入りやすい)作品を聴くことをオススメします。