「夢がたり」 / 久保田早紀 ("YUME GATARI" by KUBOTA Saki)
「異邦人」の大ヒットによって衝撃的な登場をした久保田早紀の,デビュー・アルバムにして最高傑作とも言いうる名盤。 もし「久保田早紀でまず初めにどのアルバムを聴けばいいか?」と訊かれたら(そんなことを訊かれることはまずありませんが (^^;),やはりこれを勧めることになるでしょう。 入手もしやすいし。
個人的な話から始めると,僕は,以前はバリバリの叙情派フォーク好きでしたが,今では音楽的な指向も変わり,そのせいか,その頃に好きだった音楽を聴きなおすことはまずありません。 これはある意味,リスナーとしての過去の蓄積を持っていないとも言えるわけで,過去から現在まで一貫した音楽的趣味/指向を維持してきた人たちに敬意やある種のうらやましさを感じたりもします。 ・・で,当時のいわゆる「ニューミュージック」系のアーティストで,今でもその音楽に接したくなる数少ないアーティストの1人が(不思議に思われるかもしれないけど)久保田早紀です。 これは,彼女が売れていた時期よりもむしろ,その後しばらく経って,忘れた頃にその良さを「再発見」したという個人的な事情があるのかも知れませんが。
それはともかく,ご存知「異邦人」は 1979 年の大ヒット曲です。 "Camaraderie League (http://www1.odn.ne.jp/~cfz74700/)" というサイトのコンテンツの1つ「TKみゅーじっくくらんぷ (http://www1.odn.ne.jp/~cfz74700/tkmc-2.htm)」の中にある「オリコン歴代1位」のリストを見ると,(オリコンで1位になった曲の範囲では)この年のミリオンセラーは5曲と 1970 年代では際立って多い年です。 あれだけ話題になった西城秀樹「YOUNG MAN」や海援隊「贈る言葉」がミリオンセラーでなかったというのも驚きですが,登場のインパクトとしては上回っていたはずのクリスタルキングなどを超えて,「異邦人」がこの年最高のセールス(144.5万枚)を記録しています。(← 実はちょっと驚いた。)
この飛びぬけた大ヒットのために,久保田早紀といえば「一発屋」という文脈で語られることが多いようですが,これは違っているということをまず指摘しておきたい。 枚数ベースのデータが見つからなかったので客観的証拠には欠けますが,その後も彼女の曲は(派手さはないながらも)コンスタントに売れ続けていたはずです。 当時の僕は熱心な深夜ラジオリスナーでもありましたが,「25時」などの後続シングルはラジオでかなりよく流れていて,そういった状況は少なくとも CM ソングに使われた「オレンジ・エアメール・スペシャル」あたりまでは続いていたと記憶しています。 その状況から推察するに,少なくとも普通に売れてるニューミュージック系アーティストくらいのセールスはあっただろうと思います。 でも,なにしろその前が特大ホームランだったため,相対的に後続打席での飛距離がひどく小さいものに見えてしまい,そのことが「一発屋」のイメージを生んでいるのでしょう。 また,もう1つ重要な要因として,テレビに姿を見せることが極端に減ったことがあると思います。 このことが,必要以上に大きな落差があったかのような印象を増幅しているのでしょう。 しかし,実際には,当時はラジオがまだ力を持っていた時代だったわけで,歌謡曲とニューミュージックとの棲み分けもまだ生きていて,ニューミュージック系のアーティストの場合は,テレビへの露出なんてほとんどなくても,テレビとはあまり関係ないところでファン層を持っているのが普通だったのです。 ・・・正直,今の僕にとっては,売れた/売れないの話はあまり興味を惹くものではないのですが,「一発屋」という言葉はやや見下した(軽んじるような)評価のニュアンスを帯びることが多いので,この点は敢えて書いておきたいと思います。
さて,大ヒットの追い風のもと発表されたこのデビュー・アルバムは,期待に違わぬ素晴らしい作品です。 デビュー・アルバムにして既に完成された世界を持っており,更に付け加えるなら,「異邦人」の影によってやや枠にはめられてしまった感のある 2nd アルバム「天界」よりもそれぞれの曲がのびのびと自由にはばたいているようにも思います。
サウンド面では,ストリングスなどを大胆に使ったスケールの大きいシンフォニックなオーケストレーションと,バンド的な楽器との融合が素晴らしい効果を上げています。
時代を遡ってみると,ストリングス・アレンジはニューミュージックではごく当たり前に使われていたし,ビッグバンド的な管楽器主体のオーケストラ・サウンドも 1970 年代までの歌謡曲では普通のものだったのですが,それが,1970 年代終わり頃にさしかかると,フュージョン〜 AOR 的な音作りが日本にも輸入され,ニューミュージック系のアーティストを中心にそういうアプローチが採られることも増えていきました。 その流れは次第に歌謡曲の方にも波及して徐々に主流になると共に,従来のオーケストラ的サウンドアプローチは衰退し,更にシンセサイザーの進歩とテクノ以降の打ち込みによる音作りの流行で 1980 年代になるとポピュラー系の音楽で使われる楽器編成がかなり限定されるようになっていくわけですが,今にして思えば,このアルバムの当時はそこに至る過渡期的な状況にあったため,新旧交えた選択肢を取ることも可能で,楽器編成・サウンドアプローチの両面で比較的自由なことが出来た,ある意味幸せな時期だったのではないかという気がします。 「異邦人」のような大胆な(かつ豪華な)オーケストレーションと「サラーム」や「夢飛行」のようなリズムアプローチを織り交ぜられたのは正にそういう時代だったからであって,現在こういうアプローチを採れるアーティストは(費用の面から言っても)なかなかいないでしょう。 そうした時代性の証明というわけではありませんが,このアルバムでは,大編成のオーケストレーションあり,シンセサイザーあり,ツイン・リードギターによるハーモニーありと,曲に適したやり方が自由に選ばれ,効果を上げています(アレンジは萩田光雄)。
久保田早紀のやや硬質でクールな歌い方は,好みが分かれるところでしょう。 抑制感のある歌いまわしに加え,特筆したいのはベタベタしたウェット感が非常に少ないことで,この点は最初期の中島みゆきの歌い方との類似点も感じたりします(もちろん,中島みゆきはその後振幅の大きな表現を獲得していくわけですが)。 曲そのものの印象とも相通じる面がありますが,夜の澄んだ大気のようにひんやりした濃い空気感を,清潔感と同時に漂わせられるというヴォーカルの特質は,その後も(久米小百合名義に変わった現在に至っても)変わることなく,日本のポピュラー音楽シーンではわりと珍しいもののように思います。 また,過剰な感情移入を表に出さない抑制された歌い方によって,聴き手が歌の持つ物語世界に容易に入れるという結果になっているとも言えます。
各曲に話を移すと,序盤で早速登場する「異邦人」は,やはり素晴らしい曲です。 中間部のゆったりした広がりのあるメロディーとその前後との対比の妙というか,とにかく素直に「いい曲だな〜〜」と思えます。 この曲,よく「アレンジの勝利」みたいな言われ方をするのですが,率直に言って,イントロなどはあまりに大げさすぎるように思え,僕としてはあまり好きなアレンジではありません・・・確かにインパクトはありますが・・・。 比較の問題ではあるけれど,個人的には,ポルトガルで録音された 3rd アルバム「サウダーデ」でのシンプルなアレンジの方が,この曲本来の良さを引き出せているような気がします。
むしろ,このアルバムで彼女の本領発揮と言えるのは,「ギター弾きを見ませんか」以降の一連の曲でしょう。 ガットギターと単音シンセのみというシンプルな編成が曲の寂寥感を鮮やかに浮き彫りにする「ギター弾きを見ませんか」から「サラーム」,(B面に入って)「白夜」,そして「夢飛行」という流れはいつ聴いても素晴らしいものです。 「白夜」の美しいメロディーと,それに呼応するストリングスが残す余韻もいいし,個人的にベスト・トラックと思う「夢飛行」では,ピアノ・ストリングス・シンセ・エレキギター・フルートなどが適所に配置され,サビ前後のリズムの対比には抗し難い魅力があります。 特に,歌詞と呼応して飛翔するフルートや,「これしかない!」と思わせる渡嘉敷祐の dr は見事としか言いようがありません。 また,「異邦人」もそうですが,「ギター弾きを見ませんか」などに見られる「消えてしまった恋人を追って異郷の地をさまよう」という悲劇的なモチーフは,「どこにもない(架空の)異郷」を感じさせる舞台設定とともに彼女の曲に繰り返し登場し,アーティストとしての久保田早紀のイメージを決定付けているように思います。 このような舞台設定は,必要以上の具体性を持たない架空性によって,かえって物語としての効果や普遍性を強めており,その意味でも,「異邦人」「帰郷」に見られる“狙った”エスニック風アレンジの付与よりも,他の収録曲での,曲の物語に忠実な音作りのほうが,自然かつ高い効果を上げているように僕には思えるし,更に言えば,余計なことをしなくても自然に異国的な佇まいを感じさせてしまえるところがこの頃の久保田早紀の(他に類を見ない)優れた特質だったと思うのです。
とまあ,最近とみに力説風になってしまうこのコーナーですが (^^;,別に僕が力まなくてもとっくに名盤という評価が定着していて,25年経った(と考えると驚きますが)現在でも容易に入手可能なのはありがたいことです。 久保田早紀を知らない人がこのレヴューを読んで「よし,聴いてみよう」なんて思うことはないでしょうが(もしあったらレヴュアー冥利に尽きます),「ほう,何十年ぶりか分からんけど久しぶりに聴いてみるか」なんて思う人がいたとしたらうれしい限りです。
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