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第 12 回 久保田早紀: 「AIRMAIL SPECIAL」

なんとはなしにモチベーションが低下してしまったことにより(^^;,1年にわたってサボってましたが,久々に更新です。 先ごろシングル盤を集めたCDを買ったことで,久しぶりに引っ張り出した久保田早紀のアルバムを1枚追加ということで。 それにしてもこんな調子じゃ,全部のアルバムを紹介できる日が来るのだろうか。 (May, 2006)
 
 1981年

AIRMAIL SPECIAL 「AIRMAIL SPECIAL」 / 久保田早紀

 久保田早紀の4枚目のアルバムで,彼女の全アルバム中で最も明るくポップな作品。 初めて聴いたときはその変化に少なからず驚いたものです。

 
 前作「サウダーデ」を紹介するときに,キャリアのターニング・ポイントになったアルバムだというような書き方をしたわけですが,もちろん,ターニング・ポイント云々というのは結果的にそう見えるというだけのことに過ぎません。 そもそも「サウダーデ」はポルトガル録音という企画色の強い作品だったわけなので,それに続くアルバムがどのようなものになるのかは,「サウダーデ」を聴いた時点ではそれほど明らかではなかったように思います。
 そこに登場したのが,このアルバム「AIRMAIL SPECIAL」と,シングル盤「オレンジ・エアメール・スペシャル」です。 シングルとアルバムの前後関係は覚えていないんですが,僕個人に限って言えば,リボンオレンジ(だったかな?)のCMで「オレンジ・エアメール・スペシャル」を耳にしたのが先で(恐らく,CM用に書かれた曲だろうと思います),それまでの久保田早紀とは明らかに違う突き抜けた明るい曲調に驚いていました。  で,その後だいぶ経ってからアルバムを聴くことになったわけですが,「オレンジ・エアメール・スペシャル」が決して浮いた存在になったりせず,全編を通じて清潔感のある明るめのサウンドが展開されており,しかもそれが十分すぎるほど納得できる素晴しい内容であることに2度ビックリという感じでした。 どういう経緯で出来た作品かは分かりませんが,とにかく,吹っ切れたような快作という感じの仕上がりです。

 編成面に着目すれば,従来のような大編成のオーケストレーションを強調した大仰な音作りは抑えられ,dr, b, g, key という基本的なバンド編成を基本に,爽やかなストリングスが彩を加えるという,ある意味当時のポップスの王道的な方向になっています。 また,これまでのアルバムではピアノを伴奏の中心に据えたアレンジが多かったのに対して,本作ではエレキギターのシャープな音色が印象的です。 曲調そのものも,こういったサウンドの方向性が合うようなものになっており,楽しく聴ける魅力的なアルバムになっています。

 冒頭のプロローグからして従来とは感じが違うわけですが,続く「オレンジ・エアメール・スペシャル」と「キャンパス街'81」の2曲でアルバム全体のイメージが決定づけられていると言っていいでしょう。 この2曲も含めて,前半はカラッとした明るい曲調が並びます。 歌詞の内容もポジティヴな感触のものが目立ち,「日本の子供達」のようなストレートなメッセージがあるのも驚かされます。 加えて,これまで彼女の作品を特徴づけてきた異国的な舞台設定や神秘主義的な要素はなくなり,身近な題材を扱っている点も,変化を感じさせられるところです。
 前半(A面)では,やはり「オレンジ・エアメール・スペシャル」がハイライトということになるでしょうか。 どこかにありそうな(でも実は意外とないかも)オーソドックスな曲ですが,やはりいい曲だし,ベタつかない声質の良さとストリングスの響きのせいもあって,オーヴァードライヴしたギターと8ビートの組み合わせでも爽やかさ・清潔感を失わないものになっています。 (この後に発表されたシングル「レンズ・アイ」(アルバム未収録)もほぼ同じような方向性の曲ですが,どちらも彼女の声が活かされたいい作品だと思います。)

 後半(B面)に入ると,やや翳りを帯びた曲調のものが増えますが,そこでもウェットになることなく前半の爽やかな空気が維持されます。 曲は粒ぞろいで,オーソドックスないい曲と思わされるものが多いのですが,「アンニュイ」などに見られる独特の跳躍感を持ったメロディーには従来の作品と共通するテイストがあり,彼女の作品が独自の色を失ったわけではないことも納得できます。 (「パノラマ」あたりは,曲調・アレンジともに過去のアルバムに相通ずる音楽性を持つ作品ですが,このアルバムの中では逆に浮いている感じがしないでもありません。)

 そして,アルバム全体の流れからはややはみ出した感じもあるけれど個人的にベスト・トラックと思うのが「上海ノスタルジー」です。 この曲では舞台を再び異国に移し,異郷を移ろう主人公の幸福とは言えない境遇が語られますが,演奏は,エレクトリック・シタールとフィルターをかけたギターのカッティング,そしてホーンセクションを加えた,彼女の全作品の中でもとびきりファンキーなものであり,その高揚感のあるサウンドと歌詞との対比が,歌の悲劇性を鮮やかに浮き彫りにします。 個人的には,この曲1曲があるだけでも,このアルバムを買う価値があるという感じさえします。
 また,上で挙げた「アンニュイ」も好きな曲です。 メロディー・歌詞の魅力はもちろんのこと,サウンド面では,ギターの見事なバッキングとストリングスとが活躍しますが,加えて,通奏音的にさりげなく重ねられたホーンセクションが地味ながらも効果的です。 歌のあいだは空気感を演出していたホーンがエンディングになって緩やかに浮上してくるのもクールで素晴しい余韻を残します。

 
 とまあ,久保田早紀の作品中,ここまで明るいポップスに徹したアルバムは他にはなく(以後の作品は,やや歌謡曲的な傾向を増していきます),本当に吹っ切れたような快作という感じの作品です。 サウンドはもちろん当時の時代性を反映したものではありますが,加工されたような音色が少なく自然な録音になっているせいか,現在の耳でもあまり違和感なく聴くことが出来ます。
 振り返って見れば,ここまでの久保田早紀のアルバム4枚はいずれも傑作と言うに足るものであり,どれも聴いて損はないものです。 機会があったら一聴をオススメします。

 ……と書いて終わりにしようと思ったら,この作品,現在入手困難らしいですね。 リンク先の amazon.co.jp ではプレミアがついちゃってます。 これ以前の3作はまだ入手可能なようですが,この調子では 2nd(「天界」)・3rd(「サウダーデ」)あたりもそろそろ危ないかも。 なんとも困った話です。